「お前の為なら死ねる、いやむしろお
前が死ね。うん?死ぬ?」
「お前が死ね」
無色の窓を雨が叩く音がする。
そんな梅雨の一時、人間にとって見
えざる敵である湿気は、圧倒的な物量
をもって確実に人類を蝕む。
必死に戦線維持を試みるオレに対し
て、眞樹から投げかけられた言葉に、
思わず脊髄反射で返答した。
「んー…じゃ私の為に死ねる?ってか
私が死ぬ」
「そうか、お前だけ死ね」
訳が分からない。会って一言目にこ
れでは、名探偵たるホームズ先生をも
ってしても迷宮入りだ。
そんなオレの反応が不満なのか、眞
樹は唇を尖らせる。
「…私にメロメロになってないの?」
「死ぬだの死ねだの言われてメロメロ
になる奴がいたらよっぽどのバカか、
ただのバカだ。そいつは」
と、言うかどうして不穏当な単語を
連発されてメロメロになるのだろうか。
「私さ、昔から思うんだけど」
湿気で窓に張り付いた薄い膜を指で
なぞりながら眞樹が言う。
「お前の為に死ねる、なんて言われて
も困るだけだと思うんだけど…」
指で窓に描かれたのは、子供の落書
きの様なチューリップだった。あまり
に鋭角な為、もしかしたら矢かもしれ
ないが。
「まぁ、そうだな。メロメロどころか
逆に引く、オレは」
「だよね?後さ、それで本当に相手が
死んだらそれって捕まるのかな?」
「殺人罪って事か?」
足を止めて考え込む。雨の音に混じ
って、雷の唸り声が聞こえてきた。
「とりあえず、今度知り合いの弁護
士にでも聞いておくわ」
「弁護士?お巡りさんに聞けば早くな
い?」
それはそれで逆に捕まりそうな気が
するんだが…。
おしまい。