「来ましたー!!」
見慣れた学食、いつもの昼食時。そんな当
たり前の中でオレの向かいの席に座る眞樹は
高らかに吼えた。
「………何が?」
状況に対処しきれない周囲(主にオレ)を
置き去りにして眞樹は瞳を輝かせながら言う。
「神が降りたのよ。こうビビッと?」
「オレに聞くな。聞かれても答えられん」
投げ捨てるように言うと、箸で持ち上げた
ままのうどんに視点を戻す。もしかしたら冷
たくなってしまっているかもしれない。
周囲の物珍しいと言わん視線に晒される事も、
眞樹と付き合って3ヶ月も経つとさして気には
ならなくなっていた。
しかし、気にはならなくなったと言っても気
持ちのいいものでは無い。
…芸能人って人種は一種病気だな。
そんなこちらの気も知らず、向かい合う先、
テーブルの向こうでは相変わらず拳を握り締め
たままの眞樹が、燃え滾るような瞳でこちらを
凝視していた。
「すんばらすぃ話を思いついたのよ!これはもぅ
次の公演に採用する様、部長に進言するしかな
いわ!これが慟哭!滾るパッションなのね!」
虚空を熱っぽい視線で見つめながら、夏服の
短い袖を振り回す姿は精神科医に見せれば、そ
れなりの処置を施してくれるのかも知れない。
カウンセリングでは恐らく対処しきれないだろう。
そんな事を考えていると、ようやく大人しくなっ
た眞樹が先程とは打って変わった真摯な姿勢でこ
ちらを見ている。
「陽司はこんな風にドキッ!っとした事とか無い?」
「…あんまり覚えがねぇな…半狂乱になるほどと
言えば尚更無い」
「半狂乱て……失礼な」
拗ねた様に勢い良く視線を振ると、鮮やかな金
髪のショートボブが踊るように跳ねる。
コロコロと、子供の様に変わる表情は見ていて
飽きる事が無い。
「でも、陽司。陽司もアーティストなんだから、
たまには『慟哭』って言うのを感じないと錆びつ
いちゃうよ?」
「…慟哭?」
「そ、慟哭。何かが生まれる時のドキッって奴」
「何かが生まれる時のドキッ……ねぇ……」
目の前で箸を踊るように動かしてみる。
しかし、箸は何も語らず。水分を含んだ先端は
相方とぶつかっても音も立てない。
不意に地の底から響くような低い唸り声が聞こ
える。
窓の外の空は一面の鉛色。雲は自身の重さに耐
えられず今にも落ちてきそうだ。
「何かが生まれる時のドキッって言うのが慟哭だ
ってんなら…」
対の箸は揃わないベクトルで窓の外の天を指す。
既に透明なガラスには水滴が付き始めていた。
「今の奴も慟哭なのか?」
「そうかもれないし、そうじゃないかもしれない」
既に眞樹の興味は自分の注文したホイコーロー
に移ってしまっていた。
微かなため息と共にオレは再び窓に視線を戻す。
傘は持ってきていなかった。
おしまい。